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 [367]   2020/6/6
■ 探偵隠居して"ポスト清張"睨む@夕刊フジ 2020/6/4(発行・3日)
  夕刊フジ 20202/6/4(発行・3日) 11面に、「since1969 ぴいぷる あの日、あの時 横溝正史(69) 探偵隠居して"ポスト清張"睨む, 1971/12/24掲載」が掲載されている。

この記事が掲載された1971/12頃といえば、角川文庫から『八つ墓村』(1971/4)『悪魔の手毬唄』(1971/7)『獄門島』(1971/10)と、横溝文庫の刊行が始まった時期である。また、その前年より始まった、講談社『横溝正史全集』(1970/1-10, 全10巻), 『定本 人形佐七捕物帳全集』(1971/3-10, 全8巻)の刊行がひと段落した時期でもあるからか、「身すぎ世すぎで書いた"人形佐七捕物帖"も、今では財産の一つだよ」と、字が細かいが(^^;)掲載当時の〈メモ〉欄に記されている。〇〇〇ルーペを使用して、その〈メモ〉欄をチェックすると、次のように記されていた。
 よこみぞ・まさし 作家。明治35年5月25日、神戸生まれ、69歳。江戸川乱歩とともに日本の探偵小説界の草分けである。
 大阪薬専卒。のちに江戸川乱歩に呼ばれて上京。博文館で「新青年」などの編集長を勤めた後、昭和7年から作家生活にはいった。9年、持病の結核療養で転地したころから、耽美浪漫の作風を確立。その後、怪奇性を盛り込んだストーリー・テラーの第一人者となったが戦争で中断。戦後わずかの時期に、うっ積していたエネルギーをふっとうさせ「本陣殺人事件」「獄門島」「八つ墓村」「悪魔の手毬唄」などを次々に発表した。
 しかし「体がつづかなくなって」36年に執筆を断念。現在は東京・世田谷区成城の自宅に、孝子夫人とふたりで寝たり起きたり生活をしている。「身すぎ世すぎで書いた"人形佐七捕物帖"も、今では財産の一つだよ」という。

ちなみに、現在の略歴欄では次のように記されている。
 よこみぞ・せいし 作家。1902年5月25日生まれ。神戸市出身。享年79.大阪薬学専門学校(現大阪大学薬学部)卒。江戸川乱歩とともに日本の探偵小説界の草分け。34年、持病の結核から長野・上諏訪に転地し、そのころから、耽美浪漫の作風を確立。怪奇性を盛り込んだストーリー・テラーの第一人者となった。61年、「体が続かなくなった」と執筆を断念する。主な作品に「本陣殺人事件」「獄門島」「八つ墓村」「犬神家の一族」など。作品の多くが、映画化、ドラマ化され一大ブームに。「本陣殺人事件」で第1回日本推理作家協会賞(48年)。

記事の後半で、横溝正史が次のように語っている。
「清張君じゃいけない。清張流の人でもダメ。まったく違う人が、まったく新しいトリックをひっさげて出てくれば、読者は飛びつくだろうね。…それがどんなものかはわからない。でも清張君だって、最初から作家じゃなかったろ。意外なところからでてくるんじゃないかな?また、出る以上は、そうでないといかんね」
その後、横溝正史は復活を遂げて、『仮面舞踏会』『迷路荘の惨劇』(中編「迷路荘の怪人」長編化)『病院坂の首縊りの家』『悪霊島』を発表し、作品の映画化と相まって、空前の横溝正史ブームが到来するのは、皆さんご存知の通り。


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