横溝正史シソーラス(パイロット版) - 温故知新編 -
| 5-09 | ○「横溝正史エンサイクロペディア」前日譚 |
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中学生のころ「獄門島」を読み、横溝正史作品の読書 に目覚めた。その趣味が高じ時を経て、『ニッポン文庫 大全』に短文と「横溝正史文庫リスト」を発表した。一 九九八年に横溝正史関連の書誌データ開示をメインテー マにした、「横溝正史クロニクル」というホームページ を開設し、さらなる調査・研究を継続中。二〇〇二年に は、「クロニクル」開設時からの予告通り、『横溝正史 エンサイクロペディア』へバージョンアップを果たした。 中学・高校を通じ、いわゆる横溝正史ブームの真った だ中。刊行される都度、角川・横溝文庫で「横溝」を読 み進めた。「幻影城」昭和五十一年五月増刊「横溝正史 の世界」収録の、中島河太郎「金田一耕助の事件簿」と 島崎博「横溝正史年譜」とを照らし合わせながら。その 事件簿と年譜は、少年の旺盛な探求心を揺り起こしたが、 同時に物足りなさも感じさせた。それは角川文庫の刊行 内容が、事件簿や年譜記載の作品タイトル数に追いつか ず、横溝正史作品読破への思いが、十分には満たされな かったこと。角川文庫に、横溝正史の全作品が収録され ると思っていたので、衝撃的な事実を突きつけられた感 じになった。例えば、金田一耕助作品全七十七タイトル の角川文庫への収録は、昭和五十九年まで待たねばなら なかった。 一九八七年の夏休みに帰郷の折、実家の物置で横溝文 庫を収めていた段ボール箱を七年ぶりに開ける。雨水を 吸い、読むに耐え難い文庫を目の当たりにする。あえな くすべてを焼却処分。中高生時代、新刊で読んだ横溝文 庫が灰と化したことに、落胆の色は拭えずにいたが、そ の時はまだ、角川文庫にあたれば「横溝」を読むことが できると、信じて疑わなかった。文庫の品切れ・絶版な ど知る由もなく。そして、時は流れた。 一九九四年のある日。書店の新刊コーナーを眺めてい て、突然『鬼火』という、十数年間忘れていた文字に遭 遇する。白抜き文字の背表紙が私の目をひきつけて離さ ない。作者名は「横溝正史」！ 中高生時代に恐る恐る 読んだ、あの「横溝」作品が新刊で出ている。どうして 今頃、特にブームでもないのにと懐かしさを感じながら も、本を持ってレジへ直行。内容は戦前作品の短編集で、 しかも年譜付き。既知の中島河太郎版／島崎博版年譜と も異なる。「横溝正史」から、角川文庫の黒地に緑色文 字の横溝文庫群を、走馬灯のごとく連想。「鬼火」を買 ったその足で数軒の本屋を回り、やっとの思いで角川・ 横溝文庫を発見。十数年前は本棚の二、三段を占拠して いた横溝文庫は、今や数冊しか並べられていない。文庫 目録には往時の約半数のタイトルしか記載がない。その 時は、文庫目録はメジャーなものを掲載していると思い 込んでいて、品切れ・絶版の事実にまだ気付いていない。 「野性時代」のバックナンバー（一九九四年三月号） で、浜田知明「完全年譜 金田一耕助の生涯」にふれ、 その完成度に舌を巻く。「本陣殺人事件」から「病院坂 の首縊りの家」まで、小説化されている事件のみならず、 小説の片隅に書かれたまま、小説化されていない数多く の事件や出来事までをも年譜形式で読むことができる。 あの頃、まさにこれがほしかったのである。金田一耕助 作品を読み進める上で、羅針盤の役割を果たす資料と巡 りあった喜び。さあ読もう！しかし、高まる思いに釘を さす事実に直面する。角川文庫の半数以上が品切れ・絶 版に、ようやく気付く。横溝正史作品を、一番多くライ ンナップしていた角川文庫の状況に愕然とする。浜田知 明版「生涯」、『名探偵読本８ 金田一耕助』、「野性 時代」昭和五十七年四月号に収録されている中島河太郎 版「金田一耕助事件ファイル」とを相互補完しながら、 再び「金田一耕助」ものを読み進める一方で、「横溝正 史」読破という、夢の実現方法を考えはじめたのは、こ の頃だったように思う。 「横溝正史」作品にはどれくらいの物量があって、今 何が読むことができるのかを知りたい。文庫探求と並行 して、探偵小説、捕物帳、翻訳、随筆、評論、対談など を含む、横溝正史年代順作品リストの作成に取りかかる。 角川文庫の全タイトル打ち込みから始まり、文庫を見 つける度に、各文庫の収録作品名をインプットしていく。 『新版横溝正史全集18 探偵小説昔話』（講談社／昭和 五十年七月）の中島河太郎版「著書目録 作品目録」／ 『別冊幻影城 横溝正史』（昭和五十年九月）の島崎博版 「書誌 著書目録」との出会い。これら目録には、角川文 庫未収録の作品タイトルが数多く記載されていて、年代 順作品リスト充実の糧となる。 リスト作成の最大の難関は、翻訳作品と捕物帳・時代 小説の改稿前後の作品の年代特定。翻訳ものは単行本や 文庫に収録されたものが極めて少なく、その解明に腐心。 捕物帳・時代小説は人形佐七への改稿作品が多く、かつ 年代特定の参考資料が少ないのも難点。頼みの中島河 太郎版／島崎博版リストには、雑誌発表のままとなって いる戦前発表の作品などに関し、悩ましい相違がいくつ もあり苦戦。調査を進めるにしたがって、中島河太郎版 ／島崎博版リストに未記載の作品が多々あることが判明。 これらリストは昭和五十年の途中止まりのため、それ以 降は自力補完となる。いつの間にか「年代順作品リス ト」は一〇〇〇件を軽く越え、その添削に追われる日々。 もはや一人でデータチェックをするには限界。作成した 「年代順作品リスト」を公開して、多くの方々と情報交 換が出来ればと思うこと然り。 一九九六年冬、ＣＤ−ＲＯＭ「名探偵デジタルファイ ル金田一耕助」に巡りあう。その内容に驚天動地のごと く刺激を受ける。手持ちデータのブラシアップと情報交 換の場として、ズバリ「横溝正史」書誌データの開示に 特化した、ホームページを開設することに考え至る。こ れが「横溝正史エンサイクロペディア」構想が大きく膨 らんだトリガーだった。 中高生だった頃の自分に、そっと教えたい。四十数年 後においても、横溝正史作品を愛する同好の士によって、 そのミッシングピースは探求され続けており、その成果 としての新刊や、君が読んでいるであろう角川文庫など の再刊・復刊により、横溝正史ブームは脈々と続いてい るということを。 すべての横溝正史作品を読破するという夢を実現する ため、今日も、横溝正史書誌の大海原を揺蕩う。 |
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