横溝正史シソーラス(パイロット版) - 温故知新編 -
| 4-23 | ○短中長編揃い踏みの「迷路荘」 |
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エッセイ「真説 金田一耕助」のうち「「金田一耕助最 後の事件Ⅰ」で、横溝正史は「迷路荘の惨劇」の改稿に 関する回想を記している。 かつて単行本として刊行された中編物のなかに、一 編だけ意にみたぬものがあり、その後絶版にしておい た小説があるが、あれを自分の納得のいくまで手を加 え、書き足し、長編に仕立てなおしておいたらどうだ ろうと、昭和四十九年の夏から翌年の春にかけてその 仕事に没頭し、かつては尻すぼみだった中編物を、八 百枚の長編として洗いあげ、縫い直して、題も「迷路 荘の惨劇」として刊行したが、これまた締切り地獄に 責め苛まれることなく、たいへん楽しい仕事であった。 「迷路荘の惨劇」の改稿履歴は入り組んでおり、まず 短編「迷路荘の怪人」として「オール讀物」昭和三十一 年八月号へ発表され、中編に書き改めて東京文藝社より 昭和三十四年に単行本化、大幅な加筆を経て「迷路荘の 惨劇」と改題のうえ東京文藝社から昭和五十年に長編版 が書下ろし刊行された。エッセイ中に記された中編物と は、昭和三十四年の「迷路荘の怪人」をさすものと考え られる。 短編、中編、長編と、長さを変えて書かれた「迷路荘 の怪人」および「迷路荘の惨劇」だが、主な収録書籍情 報をまとめると、以下のようになる。 ・短編「迷路荘の怪人」 出版芸術社『金田一耕助の帰還』（一九九六年五月） 光文社文庫『金田一耕助の帰還』（二〇〇二年一月） ・中編「迷路荘の怪人」 東京文藝社『金田一耕助推理全集５ 迷路荘の怪人』 （一九五九年二月） 東京文藝社『迷路荘の怪人』（一九六二年九月） 出版芸術社『横溝正史探偵小説コレクション４ 迷路 荘の怪人』（二〇一二年五月） ・長編「迷路荘の惨劇」 東京文藝社『迷路荘の惨劇』（昭和五十年五月） Tokyobooks『迷路荘の惨劇』（昭和五十年十二月） 横溝正史ミステリー・シリーズ『迷路荘の惨劇』 （昭和五十三年九月）※未確認 角川文庫『迷路荘の惨劇』（昭和五十一年六月） 角川文庫『金田一耕助ファイル８ 迷路荘の惨劇』 （一九九六年九月） 『金田一耕助の帰還』の解説には「（筆者註・中編化 にあたって）事件発生後の訊き取りを中心に加筆」され たと記されており、その分量は約百ページにも及ぶ（出 版芸術社『金田一耕助の帰還』二二七頁から二二九頁に 相当する箇所）。 この解説には、「迷路荘の惨劇」に至る改稿履歴の全 容が記されている。 本書収録の短編版、約三倍に改稿した中編版、さら にその約三倍の長編版と、作者は二度にわたって手を 加えている。 中編版は、短編版の冒頭部分をそのまま用いて、事 件発生後の訊き取りを中心に加筆、田原警部補、井崎 老刑事などが登場する。長編版ではさらに全面的に加 筆され、馬車の馭者を金田一の旧知の青年として女中 との交情を描いた他、天坊元子爵の浴室（密室内）で の殺害事件を加え、抜け穴探検のスリルが書き込まれ ている。片腕の男に扮した人物がすべて異なっている 点一つを見ても、単なる引き伸しではないことがわか る。発想からその熟成、肉付け作業まで、著者の創作 の過程を追うための好見本ともいうべき一編である。 短編版「迷路荘の怪人」→中編版「迷路荘の怪人」 →長編版「迷路荘の惨劇」と読み進めると、まさに 「その熟成、肉付け作業まで、著者の創作の過程を追 う」という、横溝正史のサービス精神ともいうべき、 創作の推敲履歴を追認できる。 長編版『迷路荘の惨劇』の舞台となった、「名琅荘」 は作品の上では、富士山を望む風光明媚な地に建つ絶好 のビューポジションのようである。 この名琅荘は富士山を背景にしてＶ字型に建ってお り、下方の頂点が正面玄関になっている。そして、玄 関から右翼の建物が日本家屋になっていて、そのほう は平屋建てになっているが、左翼の西洋建築は二階建 てになっている。ヒヤシンスの間というのは、左翼の 建物の二階の突き当たりで、ダイヤの間の隣であるこ とを金田一耕助も知っている。 「名琅荘」の間取りに関する作中の記述を基に、その 間取りを復元（？）する試みとして、「朝日新聞」一九 九六年十一月十五日付朝刊の広告特集に、「名作文学に 見る「家」（89） ホテル名琅荘「秘密設計の怪奇ホテ ル」」と題し、建築家・横島誠司による「ホテル名琅荘」 の間取図が掲載された。金田一耕助よりも先んじて「迷 路荘の惨劇」事件を解決するには、横溝正史が提示した 文章データを自分の頭の中で組み立てて、間取りや周辺 地図などを、想像描写する必要がある。ダリヤの間にた たずむ金田一耕助になった気持ちで、「名琅荘」の間取 りを想像しながら、「迷路荘の惨劇」を読み進めるのも 一興ではと思う。 |
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