横溝正史シソーラス(パイロット版) - 温故知新編 -
| 4-15 | ○竜のあぎとにて授かりし・鶴子の愛 |
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※「八つ墓村」の原作と稲垣吾郎が金田一耕助を演じた テレビドラマ「八つ墓村』（二〇〇四年十月一日放送。 フジテレビ）のネタバレを含むのでご注意ください。 『横溝正史自選集３ 八つ墓村』（出版芸術社／二〇 〇七年三月）の巻末解説によれば、完結篇の前半部分に 関し削られた個所を大幅に復元したとのこと。角川文庫 版と比較して文量増を確認できたので、これから「八つ 墓村」を読むにはおススメのテキストである。 ところで、稲垣版ドラマの劇中、竜の顎にて井川辰弥 が一通の手紙を見つけるシーンがある。 ドラマ視聴時、あることが気になり、『八つ墓村』を 再読したことが思い出される。再読の理由は、ドラマの 中で登場した鶴子の手紙のズバリ、次の一文。 「竜のあぎとにて授かりし子ゆえ、男の子ならば辰弥 と名付けたし」 この一文は、ドラマ後半、竜の顎にて辰弥が見つけた 手紙に記されていたもの。 ドラマでは手紙の映像と合わせ、鶴子（中山忍）のナ レーションで語られる。 子を授かり候 つるが身には過ぎた果報 今宵またかの地にて ちょうだいせし地図をたよりに 竜のあぎとにまいります 陽一さま つる 追伸 竜のあぎとにて授かりし子ゆえ 男の子ならば辰弥と 名付けたし この身に宿りしは君が子に候 （リプライズ） 竜のあぎとにて授かりし子ゆえ 辰弥と名付けたし この身に宿りしは君が子に候 この「竜のあぎとにて授かりし子ゆえ、男の子ならば 辰弥と名付けたし」一文もしくは手紙は、原作にあった っけ？ドラマ視聴中、気になってしようがなく、終了後、 すぐさま再読した次第。この手紙は原作にも登場し、龍 の顎での逢瀬に関する鶴子の手紙として記されている （以下、引用は『横溝正史自選集３ 八つ墓村』より）。 ――いかなるすくせのいたづらにや、鬼のようなる 男のために、かくまでも身をけがし果て候ひし、つる が身の不仕合わせ。 ――さるにつけても思ひ出され候は、龍のあぎとの ほとりにて、はじめてあつきおん情を賜りしころのこ と。 ――ひとも怖るゝ烏羽玉の、岩のしとねも鶴が身に は極楽浄土。 ――しかし、果報つたなきこの身には、そも一瞬の 幸福にて候ひし。 ――わが身の生きてゐるが不思議なくらゐ このシーンに先立ち、屏風に隠された母の文がらを辰 弥が読むシーンでは、ほぼ原作通りの文面となっていた。 いかなる運命のいたづらか 鬼のようなる男のために かくまでも身をけがし果て候ひし つるが身の不仕合わせ それにつけても思ひ出され候は 竜のあぎとのほとりにて はじめて厚きおん情を賜りし頃のこと 人も怖るるうばたまの、岩のしとねも つるが身には極楽浄土 幸せうすきこの身には、その一瞬の幸福に候ひし かのまがまがしきはより ドラマにあった「竜のあぎとにて授かりし子ゆえ」 云々は原作に記されていないが、今思えば、「辰弥」と 「龍の顎」との関係は、その漢字表記からも明らかなこ と。それを横溝正史は、あえて記さなかったと考えたい。 ドラマを観た後で原作を読み返すと、「辰弥」という 命名に関して原作を深読みしたシナリオだったことがわ かった（ちなみに、原作で「龍の顎」という言葉が初め て出てくるのは実はかなり前半であるということを、読 後に気づかされた）。 「辰弥」と「龍の顎」を早々に並べて登場させ、「辰」 と「龍（竜）」の表記を我々読者に開示していた事実に 改めて驚かされる。物語の核となるキーワードを初期の 段階からさり気なくあっさりと登場させておき、後から 「あっ！」と驚かせる手腕。まさに横溝正史が見せる匠 の技である。 諏訪弁護士は守り袋をひらいて、例の臍の緒書きを 出してみると、 「辰弥――大正十一年九月六日出生――（略） こう記された数行後、次のような文章が続く。 それは不規則な迷路のような形をした地図で、とこ ろどころに「龍の顎」とか「狐の穴」とかいうような、 地名ともなんとも、わけの分からないことが書いてあ る。 そして地図のそばに、御詠歌のようなものが書きつ けられてあるのだが、その御詠歌が地図と何か関係が あるらしいことは、歌の中に「龍の顎」とか、「狐の 穴」とかいう同じ文句が入っていることでもわかるの である。 ドラマではナレーションによって語られる鶴子の手紙 の内容から、原作で描かれている「鶴子の愛」に気づか され、深い感銘に打ちひしがれた次第。 原作の「八つ墓村」には、実はいくつもの愛が描かれ ているが、それらの愛の中でも、とりわけ筆者が感銘を 受けたのは、鶴子の愛である。原作では、作品世界の現 在における「寺田辰弥と里村典子」の愛を一本の縦軸と し、それに対し、物語が進むにつれて繙かれる、過去に おける「井川鶴子と亀井陽一」の愛が絡められている。 そして、全編を通じて描かれているのが、両親の辰弥 への愛である。物語の完結編で語られる、辰弥の父・亀 井陽一の現在の姿（英泉）。彼も、わが子辰弥を深い愛 を持って見守っていたとは……。 もう一つ気になっていたこと。それは、こちらも原作 にはその記述がなく、ドラマオリジナルの設定のようだ が、「亀井陽一」の出自・先祖に関する解釈、「尼子の 落武者殺しの時に唯一反対した亀井氏の子孫」には恐れ 入った次第。こちらのほうも、原作にその記述をつい探 してしまう。 劇中で辰弥が持っていた地図は、小学校教師で地質学 者の亀井陽一が作成し、鶴子にあげたもの。その地図を 鶴子は「辰ちゃん、大事に持っとるんよ。いつかこの地 図があんたを幸せにしてくれる」と言って、息子の辰弥 に託す。 ドラマの最後で、金田一耕助が横溝正史に宛てた手紙 が紹介される。これも原作とは異なる設定だが、落盤事 故後、母・鶴子から託された父・陽一作成の地図を頼り に、辰弥は鍾乳洞を脱出する。鶴子の愛を強く感ぜずに にはいられない。 辰弥さんは落盤から四日後に自力で脱出しました。 母の愛が辰弥さんを救ったのです。鶴子さんが託し た地図に外への道が描かれていました。 「八つ墓村」は何度も映像化されており、その都度、 原作のテイストが十分に伝わっていないのではないかと、 感じていた。だが、この稲垣金田一版「八つ墓村」に関 しては、原作の意図を十二分に引き出しているように感 じられる。 原作に散りばめられた愛のうち、鶴子の愛をしっかり 描くことによって、本作を単なるミステリ・エンタテイ ンメント作品ではなく、ラヴストーリーへと昇華させた 同ドラマは、原作の良さを十二分に引き出しているとい えるのではないだろうか。 里村典子や英泉が登場しないのにもかかわらず、原作 に最も近い映像作品と感じたのは筆者だけではないと信 じたい。 「八つ墓村」を読むには、個人的には出版芸術社版刊 本をおススメするが、入手しやすい角川文庫版でも本稿 で述べた「鶴子の愛」は十分読み取ることが可能である。 「八つ墓村」を、「鶴子の愛」というラヴストーリー として読むのも一興かと思う。その際の副読本的な位置 づけとして、稲垣金田一ドラマ版のビデオがあれば言う ことないのだが、この稲垣金田一版「八つ墓村」につい て、メディア発売はされていない。手軽に視聴できない のが、難点と云えよう。 |
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