横溝正史シソーラス(パイロット版)
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横溝正史シソーラス(パイロット版)  - 温故知新編 -

  3-29   ○「女の墓を洗え」か、「墓を洗う女」か

  3-29    以前、筆者の運営するウェブサイト宛に、そちらのサ
イトで紹介している、「女の墓を洗え」は、「墓を洗う
女」ではないのか、というご指摘があったので、本件に
ついて調査データをもとに、横溝正史未執筆作品の題名
について、考察する。

 「女の墓を洗え」は、「悪霊島」連載終了後の次回作
となる予定だったものだが、筆を執る前に横溝正史が鬼
籍に入られたため、書かれることはなかった。
 そのため、「「女の墓を洗え」か、「墓を洗う女」か」
という質問については、「正解はない」というのが正解
かもしれない。
 そうはいっても、どちらが次回作のタイトルの予定だ
ったのか、気になるところである。
 横溝正史の題名のつけ方からすると、「女の墓を洗え」
というような命令形で終わるようなタイトルは皆無であ
る。いっぽう、「墓を洗う女」は、金田一耕助シリーズ
の短編「◯の中の女」などに通じるネーミングに近いセ
ンスが感じられる。
 「女の墓を洗え」と「墓を洗う女」という題名の字面
だけを読むと、指し示すものがまったく意味の異なるも
のになり、前者は「ある女性の墓を調査せよ(洗い出
せ)」という意味、後者は「ある墓を調査する女性」と
いう意味と、解釈することができる。
 筆者の調査にて、この書かれざる作品について知り得
たデータを列挙してみたい。
 「女の墓を洗え」は、次の二つで十分だと考えている。

@「悪霊島」連載十六回完結編(「野性時代」昭和五十
五年一月号)の末尾に、〈読者の皆様〉と題した編集部
よりの小文が記されていて、その中で、「横溝正史先生
は、次作長編探偵小説『女の墓を洗え』(仮題)の構想
を練っていらっしゃいます。」と、次回作のことが触れ
られている。

Aエッセイ「金田一耕助との対話」(「朝日新聞」昭和
五十四年六月三十日付夕刊)に、
 「で、次のお仕事の予定はどうなんです」
 「きみはふたりの相棒を持っているだろう。東の等々
力と西の磯川の両警部を。いま書いているのが磯川もの
だから、このつぎは等々力もので、ほら、これはぼくも
いくらか関係した「女の墓を洗え」というやつさ」
 「ああ、私と等々力警部が対決したやつですね」
 「そうそう、それ(女の墓を洗え)を書いてしまうと
そのつぎには、等々力、磯川両警部がきみを扶けて活躍
する「千社札殺人事件」……これは仮題だけどさ、そう
いうのがあったろ、あれを書くつもりさ」
 「いいですね、それから……」
 という、(作中人物の)横溝正史と金田一耕助の会話
が見られる。
 このエッセイで、「千社札殺人事件」を「これは仮題
だけど」と金田一耕助に説明していることから、「女の
墓を洗え」は決定題と考えることができる。

 「墓を洗う女」に関しては、鮎川哲也「プラスとマイ
ナスと」(水谷準・編著『横溝正史追憶集』収録)で記
述されているというデータしか持ち合わせていない。
 鮎川哲也によれば、「岡山県と東京を舞台にするそれ
ぞれの長編の構想もいくつかあった次に取りかかられる
のは「墓を洗う女」であるという噂も聞かれた。」との
ことなので、また聞き情報として信憑性は低いと考える。
なお、このエッセイは、『本格ミステリーを楽しむ法―
鮎川哲也推理エッセイ大全』(晶文社/昭和六十一年九
月)にも収録されている。
 鮎川哲也が記した「墓を洗う女」の情報ソースがわか
れば、さらに追跡調査を行えるのだが、もはや故人のた
め、その詳細を語られる機会がなくなってしまったこと
は残念である。
 「女の墓を洗え」や「墓を洗う女」以外の題名として、
山村正夫「横溝正史の創作ノート」(「推理小説研究」
十七号・昭和五十八年九月)には、「等々力警部物をも
う一作、これは「女が見ていた」という題名まで決まっ
ていた」と記されているのだが、同題作品があるため、
こちらについては完全な誤記であろう。
 「悪霊島」連載最終回で、仮題と注記はあるものの次
回作のタイトルが「女の墓を洗え」と明記されているこ
とと、エッセイ「金田一耕助との対話」でも「女の墓を
洗え」と明記されていることから、冒頭に問い合わせに
ついては、「現状、筆者のホームページでは「女の墓を
洗え」の表記で記載している」と、質問された方に回答
させていただいた。残念ながら、その後返信はなく、そ
の方の意見を伺うことは叶わなかった。
 大多和伴彦『名探偵・金田一耕助99の謎』( 二見
WAiWAi 文庫/一九九六年十一月)の、「25―幻となっ
た金田一耕助最後の事件の構想は?」に、「タイトルも、
『女の墓を洗え』(『墓を洗う女』だという説もある)
と決定していたようだ。」と記されていることを、後日
思い出した。当方への問い合わせは、これを読まれた方
だったのではと考えている次第。


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