横溝正史シソーラス(パイロット版) - 温故知新編 -
| 3-23 | ○「幽霊男」と「恐ろしき四月馬鹿」の相似 |
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＊横溝正史「恐ろしき四月馬鹿」及び「幽霊男」のト リックを明かしています。 金田一耕助といえばヨレヨレ袴スタイルが代名詞だが、 「幽霊男」での初登場シーンは、いつもと異なり、ちょ っと？なホテルボーイの制服姿である。その容姿は、次 のように描写されている。 これはあとから気がついたことだが、このボーイと いうのは、いささか百花園ホテルに似合わしからぬ人 物だった。ここのボーイの制服として、おもちゃの兵 隊さんみたいな服を着て、頭には房のついたトルコ帽 をかぶっているが、そのトルコ帽の下からは見出して いるのは、雀の巣のようなもじゃもじゃ頭。それにボ ーイとしてはいささか年をくっている。 佐藤友之『金田一耕助さんあなたの推理は間違いだ らけ！ ＰＡＲＴ２』（青年書館／昭和五十三年八月）の 目次で、「第九章『幽霊男』の盲点」には、なんと、 「幽霊のようにこつ然と現れる、幽霊男。金田一は登場 するが、推理を拒否?!」と、何ともショッキングな見出 しがつけられている。 本格ものと通俗スリラーで同じ探偵役の金田一耕助を 登場させた作品となっているため、どの事件も同列に並 べてしまうと、こういうことになりかねない、というこ との証左ともいえよう。 角川文庫『幽霊男』の巻末解説で、同人誌「鬼」に収 録された、島田一男による著者へのインタビューが紹介 されている。このインタビューが再録された、雑誌「宝 石」にてチェックすると、以下の通り記されている。 「金田一探偵の見解」（島田一男、「宝石」昭和二十 六年九月号、初出は「金田一探偵に訊く」（同人誌「鬼」 昭和二十六年六月）を改題再録） △…横溝先生は、今後も本格一本槍でしょうか？ ○…本格とか何とかは別問題として、僕の作者はもう 一度サラッとしたものを書きたがっている。具体的に いえば“本陣”と“蝶々”との中間にあたるものだよ。 その一つとして、「幽霊男」がそれを狙った作品だっ たのであろうか。『獄門島』などの本格探偵小説第一人 者が、今までとは異なる読者層の大衆向け雑誌に、『幽 霊男』は連載形式で発表されたという経緯を、われわれ 読者は知っておいた方がよいということだろうか。 この「幽霊男」について、雑誌「宝石」昭和三十七年 三月号掲載の「或る作家の周囲= その10 横溝正史篇」 という特集のなかの「日本推理小説界の支柱」（大野宗 昭）の「５ 作家の周囲」で、横溝正史が次のように語 っており、少なからず驚かされた。 〈恐ろしき四月馬鹿〉（新青年、大10・４） 僕の処 女作。「新青年」の募集に応募して入選し賞金十円を もらったんだ。このトリックは確か当時の外国映画か らヒントを得たんだったと思う。これを長篇に使った のが「幽霊男」だよ。 横溝正史自身が、自身の処女作「恐ろしき四月馬鹿」 と「幽霊男」のトリックは、ヒントが同じ映画作品だと いっている点が気になり、調査してみた。 『幻影城増刊 横溝正史の世界』（昭和五十一年五月） 収録、二上洋一「横溝正史作品小事典」の「幽霊男」の 「鑑賞」欄には、本作の伏線について、次のように記さ れています。フェアプレイなのですが、ストーリーを追 いかけていると読み飛ばしそうである。 「幽霊男」は典型的な通俗ミステリーである。勿論 横溝正史氏の作品であるから、最初に紹介された菊池 の描写が伏線となっていて、ラストで生きてくるとい った、細部の呼応はきっちりしているものの、ストー リーの運びそのものが通俗的に なるのはやむを得な い。 二上洋一が伏線として取り上げている部分は、実際に は次のように記されている。ここだけピックアップする と、最初から分かってるじゃないかとなるところですが、 なかなかそうはならないのが横溝正史。 菊池陽介というこの男は、もと、一流の大会社の社 長をしていたこともあるという、知名の実業家を父に 持ち、頭脳もよく、母校である某私立大学の助教授を していたが、あまり素行がおさまらないので、最近く びになったうえに細君にも逃げられたという話だ。さ んざん道楽をしあいたげく、ちかごろヌード写真にこ っているのだが、同じヌード写真にしても、モデルを このいかがわしい、共栄美術倶楽部に もとめるとこ ろに、彼の悪趣味がうかがわれる。 『横溝正史読本』によれば、処女作「恐ろしき四月馬 鹿」には原案となった映画作品があることを、横溝正史 本人が語っており、「５ 作家の周囲」と符合する。 横溝 あのね、処女作の思い出を語らせてくださいよ。 あなた知っていると思うけど、ホウディニーって魔術 師がいたでしょう。 小林 フーディーニ。 横溝 フーディーニって発音するんですか、あれが映 画にも出たでしょう。あれの映画で、ウソの事件をデ ッチ上げて新聞を売ろうとする。そしたらデッチ上げ の事件が本当になったっていう映画、あったの。それ が『恐ろしき四月馬鹿』になってるのよ。 （略） 横溝 で、そんなんならわしもやったりましょう、 ちゅうんで、そのフーディーニの原作のやつを 日本流 に書いて出したら当選したと、こういうことですよ。 この対談で、横溝正史が「恐ろしき四月馬鹿」の原案 と語ったフーディーニ出演の映画は、アメリカのサイレ ント映画「猛襲（原題：The Grim Game）」（一九一 九年公開）であり、「横溝正史は作品の前半部分の、で っちあげた事件が本物の事件になってしまう、という展 開に着想を得て「恐ろしき四月馬鹿」を執筆した」旨、 「横溝正史年譜事典（1902-1921）」（『横溝正史研究 創刊号』戎光祥出版／二〇〇九年四月）に詳述されてい る。 「恐ろしき四月馬鹿」と「幽霊男」のトリックについ て言及している、二上洋一「横溝正史作品小事典」には、 この二作品は次の通り、記されている。 速水は、いち早く栗岡と小崎の四月馬鹿に気づき、逆 に、栗岡を罠にかけたのだ。 （「恐ろしき四月馬鹿」項の「梗概」欄より） 最初の幽霊男は、特ダネほしさの新聞記者建部の変装 だったが、実際に犯罪を犯したのはモデルクラブに入 りびたっていた菊池であった。 （「幽霊男」項の「梗概」欄より） 「恐ろしき四月馬鹿」と「幽霊男」を読み比べ、その トリックの相似を確認するのも一興だろう。 筆者が知っているフーディーニに関するエピソードは、 次の通り。 自分の堅固な体をアピールするため、彼は腹を殴らせ るという芸をした。その時、準備も予告もなく殴られる と怯んだが、再度殴らせた際、フーディーニの腹は鉄の ように硬かった。しかし、腹を殴られたことが原因で、 フーディーニは死亡した（と、中学生時代の英語の教科 書に出ていた記憶がある）。 |
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