横溝正史シソーラス(パイロット版) - 温故知新編 -
| 2-02 | ○森下雨村が語る横溝正史 |
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森下雨村は横溝正史を語る上で欠かせない人物のひと りであり、横溝正史も自身のエッセイで、森下雨村につ いて幾度も言及している。しかしながら、森下雨村は横 溝正史について、ほとんど語っていない。 『森下雨村探偵小説選Ⅲ』（論創社／二〇一八年二月） には、珍しく横溝正史について触れた森下雨村のエッセ イが収録されている。それは「老編集者の思い出」とい うエッセイで、その「黄金時代＝乱歩、三郎、大下宇陀 児の面々」の項で、以下のように記している。 横溝正史が天才肌の秀才であることは、創刊当時に 送ってきた翻訳や創作でも察しられた。のみならず、 先輩西田政治の懇切な紹介もあって、かれが神戸から 上京した時は、歓んで迎え、編集の一員に参加しても らった。編集の才も凡ならず、僕が文芸倶楽部に転じ てからは、一層内容の充実した雑誌に守り立ててくれ た。 森下雨村は雑誌「新青年」の初代編集長であり、「新 青年」編集者・横溝正史を二代目編集長に抜擢した人物 である。横溝正史が雑誌編集に携わる前、懸賞探偵小説 投稿時代に、「新青年」の懸賞探偵小説に応募した作品 に対して、その選評を記した人物こそ、森下雨村である。 森下雨村は、横溝作品を評した最初期の人物といえよう。 これら選評は、精力的な作品投稿を続ける横溝正史への 森下雨村からのエールとして捉えることができる。 未掲載の投稿作品「破れし便箋」「男爵家の宝物」 （「新青年」大正十年二月号）に対する、「探偵小説選 評」では、次のように紹介している。 横溝君の作に接するのは、今度が始めてゞあるやう に思ふが、この方面には非凡な手腕を有つた人らしい。 「男爵家の宝物」は一寸複雑な材料であつたがために、 所謂想余って筆の方はなかつた憾みはあつたが「破れ し便箋」の方は着想から云つても、その取扱ひ方から 云つても申分のない好箇の短篇で、入選作としても決 して恥しくない作品であった。 また、横溝正史の処女作「恐ろしき四月馬鹿」（大正 十年四月号）が、懸賞小説一等入選した際は、次の選評 が付されている。 よほど苦心の作と拝見する。外国の学生雑誌にも出 てきそうな作である。決して凡手ではない。 と称賛している。 先の二作品と同じく、掲載には至らなかった投稿作品 「死者の時計」（「新青年」大正十年六月号）の「懸賞 探偵小説選評」では、次の通り記している。 「死者の時計」は当選作に次ぐ佳作であつた。題材 も一寸似たところがあつた。部分部分についてみると 巧味は確にこの作の方が卓れてゐたが全体としてみる と当選の作の方が纏つて無理がないやうに思はれた。 未掲載となった投稿作品「破れし便箋」（「新青年」 大正十一年二月号）については、 横溝君の「破れし便箋」は無難な佳作である。学生 向きの探偵小説として上乗である。確か横溝君はこの 作を三度書き直したやうに思ふ。その苦心と努力とに 敬意を拂って特に中学世界に推薦することゝした。同 誌二月号誌上に発表されるであらう。 と、選評で述べている。「中学世界」は「新青年」と 同じ博文館の雑誌で、転載時は「化学教室の怪火」と改 題された。 最後の選評は、やはり未掲載となった投稿作品「脅迫 者は何拠に」（「新青年」大正十一年五月号）に対する ものだが、「探偵小説選評」で、少々厳しい選評を記し ている。 横溝君の作は流石に手に入つたものだ。が、今月は 少し力ぬけがしたのか軽すぎる作であつた。 幸いなことに、雑誌「新青年」の復刻版が作品社より 刊行されているので、「懸賞探偵小説選評」や「編集後 記」などに記された横溝正史関連記事も、横溝作品研究 の貴重な文献として、チェック可能である。 ちなみに、正史が発表した作品への最初の選評は、 「日本少年」大正五年四月号に横溝葭秋名義で掲載され た作文「宿題を怠った日」に付された、無署名の短評と 思われる。現在、「宿題を怠った日」は、戎光祥出版の 『横溝正史研究 創刊号』で、年譜の参考資料として読む ことができる。 （評）宿題を怠つてもこの文を得たら、損得相償ふ。 |
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