- 木下杢太郎「玻璃問屋」を副えて -
岡村雄輔に「盲目が来りて笛を吹く」（『宝石』1949/7臨時増刊号掲載, 論創社『岡村雄輔探偵小説選I』2013/3, 単行本初収録)という作品がある。作中にタイトル通り、玻璃問屋の店先で、盲目の老人が笛を吹く場面がある。また、登場人物の書架に他の作家の全集などと合わせ、木下杢太郎の本がある。私が「あれっ!」と思ったのは、熊座警部。横溝正史の中絶作「病院横町の首縊りの家」(「宝石」1954/7, 第1回掲載)の、岡村雄輔による解決編(「宝石」1954/7, 第2コース)で当方にはお馴染の、熊座警部が登場しているのである。こちらは、『合作探偵小説コレクション6 諏訪未亡人/猪狩殺人事件』(春陽堂書店, 2024/3)再録されたことは記憶に新しい(それまでは、光文社文庫『鯉沼家の悲劇』鮎川哲也編,1993/8収録だった)。 
論創社『岡村雄輔探偵小説選I』の解題に、次の通り記されている。本作品のタイトル 「盲目が来りて笛を吹く」というのは、木下杢太郎の詩集『食後の唄』(1919)に収録された「玻璃問屋」の一節から取られている。本作品の最後で秋水が事件の覚え書きに「杢詩幻想殺人事件」と名づけるのはそのためである。したがってまた、タイトルは「来たりて」ではなく「来りて」と表記するのが正しい。ついでながら横溝正史の『悪魔が来りて笛を吹く』(51年から53年まで『宝石』に連載)もまた、杢太郎の詩の一節をもじったものであることを付け加えておく。 横溝正史『悪魔が来りて笛を吹く』の初出は、先の岡村雄輔「盲目が来りて笛を吹く」と同じく、雑誌「宝石」1951/11-1953/11である。その「第一章 悪魔が来りて笛を吹く」で、横溝正史自身、タイトルのネタバレをしている(次のように記している)。 「悪魔が来りて笛を吹く」―― この題はおそらく木下杢太郎の名詩「玻璃問屋」の一節、「盲目が来りて笛を吹く」から転用したものだろう。しかし、この曲には杢太郎の詩にある情緒(さんちまん)など微塵もなく、それは文字どおり悪魔の笛の雄叫びである。ドスぐろい血のにじみ出るような、呪詛と憎悪のメロディーなのだ。 岡村雄輔「盲目が来りて笛を吹く」、横溝正史『悪魔が来りて笛を吹く』のどちらのタイトルも、木下杢太郎の「玻璃問屋」の詩の一節からインスパイアされたものである。ただし、横溝正史「悪魔が来りて笛を吹く」連載開始の2年以上前に、岡村雄輔が「盲目が来りて笛を吹く」を、同じ雑誌「宝石」に発表したことは事実。横溝正史は当然、岡村雄輔の「盲目が来りて笛を吹く」を知っていたと考えるのが自然であろう。 木下杢太郎には、「玻璃問屋」の詩を元にした戯曲「硝子問屋」(一場)があり、笛を吹く盲目の老人が登場する。当方、この戯曲を『木下杢太郎全集 第3巻 戯曲2』(岩波書店, 1949/10/10)で読んだ。こちらも、「悪魔が来りて笛を吹く」連載開始前に刊行されている。この戯曲は、実際に舞台上演されたのだろうか。興味があるのだが…。 木下杢太郎の「玻璃問屋」(詩)や「硝子問屋」(戯曲)は、近隣図書館に全集などの所蔵があれば、容易に読むことができる。そうでない場合でも、国立国会図書館デジタルコレクション(WEB)で、キーワード検索すると多数ヒットするので、ご参考まで。 関連ページ： ・見てから読むか、読んでから見るか・横溝作品へのアプローチ (26)『悪魔が来りて笛を吹く』 幻の譜面を探せ｜行書の傑作｜ヘロQ DVD |
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