浪漫の衣を着せましょう
浪漫の衣を着せましょう  - 「鬼想佛心」の原型 -

山村正夫「怪奇ロマンの本格派の巨匠」(幻影城増刊『横溝正史の世界』, 1976/5収録,p.106)の文章に、ずっと気になっていた個所がある。それはというと…。
昭和二十二年十一月に、江戸川乱歩が岡山の横溝氏の許を訪ね、 氏と共に地元新聞主催の講演会に望んだことがあるが、 そのあと乞われて横溝氏が認めた色紙に、 「謎の骨格に論理の肉付けをして、浪漫の衣を着せましょう」というのがある。

注記
江戸川乱歩『探偵小説四十年』や横溝正史「桜日記・第二部」の 昭和22年11月14日欄に、講演会の記載はあるが、 色紙のことは記されていない。

二十数年前、当時この文章を読んだ私はこう考えていた。 少なくとも、山村正夫氏は実物の色紙を見たのではないか。 そして一読者として、見ることが叶わないのだろうかとも。

最近になって、「謎の骨格に論理の肉付けをして、浪漫の衣を着せましょう」 と記された美術印刷の色紙が、ブーム当時出回っていたことを知りました。 山村正夫のいう昭和22年当時のものとは違うと思われるが、 記載内容は同一である。さらに、「色紙と私」というエッセイまで付いているのである。

情報提供 Hideyoshi氏

この色紙の内容に似ている筆蹟を、昭和三十年代に刊行された文学全集に 見ることができる。それは、『国民文学全集8 江戸川乱歩・木々高太郎・横溝正史集』 (角川書店,1957/9)の、p.204 に収録されてる。
 

 色紙  「の骨格に論理の肉附けをして浪漫の衣を着せましょう」
 書籍  「論理の骨格にロマンの肉附けをし愛情の衣を着せませう」

微妙に言葉が異なる理由は、「色紙と私」に記されている。
 当時私は岡山県吉備郡岡田村字桜というところに疎開してい て、本格探偵小説なるものを書いていた。田舎にいるとすぐ名 士にされてしまう。ある席でどうしても色紙を書かざるをえな いはめになって、苦しまぎれに書いたのが、
  謎の骨格に
  論理の肉附けをして
  愛情の衣を着せましょう
と、いうメイ文句である。その後、愛情はいささか星や菫すぎ ると思ったので、浪漫の衣を着せましょうと改めた(略)

さらに続けて、次のように記されている。
字のヘタな私には少し字数が多過ぎる。もっと短いメイ文句はないか と思っているころ、さる開業医さんのご招待をうけた。そこの 座敷の扁額に「鬼手佛心」と、書いてあるのを見て感心した。 なるほどこれが医家の心構えかと思ったので、この言葉は「獄 門島」に採用させてもらった。それをいろいろもじっているう ちに、
  「鬼想佛心」
と、いう言葉が出来あがった。

「浪漫の衣を着せましょう」が、「鬼想佛心」の原型だったとは 思いも寄りませんでした。作品の改稿版がいくつもある横溝正史の一端を、 色紙の文言にも垣間見た気がしました。それにしても、山村正夫氏のいう 「色紙」って、どこにあるのでしょうか。

横溝正史の筆蹟を収録している文献を
ご存知の方、ぜひご一報ください。



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