横溝正史は、現行作品『支那扇の女』に至るまでに、原形作品「ペルシャ猫を抱く女」をベースに、都合３回も改稿を行っている。気になっていたので、その真意を考察してみた。■「ペルシャ猫を抱く女」(キング1946/12) →「肖像画」(りべらる増刊,1952/7,改稿・改題) →「支那扇の女」(改稿金田一化,太陽1957/12) →『支那扇の女』 (改稿長編化,東京文芸社『支那扇の女』1960/7) 原形版「ペルシャ猫を抱く女」ならびに、現行版『支那扇の女』ともに、角川文庫緑304シリーズに収録されていました。 短編版「支那扇の女」は、講談社『新版 横溝正史全集10』に収録されていることが、 以下の解説からもうかがい知ることができる。 
角川文庫『ペルシャ猫を抱く女』の巻末解説で、中島河太郎氏が次のように記している。本書巻頭の「ペルシャ猫を抱く女」(昭和二十一年十二月、キング)は、 九月三十日に脱稿された。すでに「支那扇の女」を読まれた読者は、 部分的に似た箇所のあることに気づかれたことだろう。たしかにその 原型となった作品だから、著者は躊躇されたのだが、著者の創作の秘密を 窺うのに格好だと思い、承引していただいた。 この作品では話者の若い画家が心を惹かれた女性について、 不審な挙動をかいま見る場面から始まっている。毒殺魔と称された 明治の女性の肖像画がからんでいるのだが、そのトリックは共通でも 事件をがらりと変えて、金田一の推理譚に仕立てたのが、短篇の「支那扇の女」 (昭和三十二年十二月、太陽)である。 多少人物を変え、設定はほぼ同じで、半ばくらいまではその面影を残しているが、 さらに複雑な構成をとり、動機も犯人も違えて長篇化したのが、本文庫版 「支那扇の女」である。短篇のほうは「新版横溝正史全集」第十巻に 収めておいたから、この三つの作品を比べてることによって、 著者の小説作法を知るよすがになるだろう。 著者には中短篇を長篇化したものがいくつもある。いったん世に出したものの、 やはりその作品を気にかけて、愛児をいつくしみ育てるように、手を加えて いるうちに、新しいものへ生まれ変ってしまうのである。またこの作品に 出てくる了然や早苗の名が、間もなく書かれた「獄門島」にも使われて いることに気づかれるかもしれない。 中島河太郎氏も罪な人である。角川文庫と新版全集では、 「支那扇の女」の長短を使い分けて収録していたなんて。 幸いなことに今は、講談社の新版全集を探さずとも、「支那扇の女」短篇版は 『金田一耕助の帰還』(光文社文庫)に収録されているので、ご安心のほどを。 カドカワエンタテインメント『喘ぎ泣く死美人』の解説に、次の記載があります。 「ペルシャ猫を抱く女」(昭和21)→「肖像画」(昭和27)→「支那扇の女」(昭和27) 「肖像画」という作品が、別の主人公から金田一耕助物へと大きく書き直した例として紹介されています。 
角川文庫の解説では、この三つの作品を比べてることによって、
著者の小説作法を知るよすがになるだろうと記されていますが、
実は４作品を比較する必要あることがわかりました
今回「ペルシャ猫を抱く女」と「支那扇の女」の中間に位置する「肖像画」を
読む機会がありましたので、早速チェックしてみました(資料提供：金田一耕助アートウェーブ・ノン氏)。ストーリは同一のまま、「ペルシャ猫を抱く女」での登場人物が、 「肖像画」では次のように変更されていました。 五井 → 秋元 早苗 → 由紀 了仙 → 了雲 了然 → 了海 事件年代についてみれば、「ペルシャ猫を抱く女」に「昨年の春、すなわち終戦より半年ほど前」とあることと、「肖像画」では冒頭に「終戦の翌年」と記述されていることから、同一であると考えられます。 ストーリを変更せず、なぜ登場人物の名前のみを変更したのだろうか。 「肖像画」への改稿意図を考えたとき、私は次のように思うに至りました。 「ペルシャ猫を抱く女」発表後に執筆した『獄門島』の主要登場人物と 名前が同じことを潔しとはせず、「肖像画」へ改稿することで、『獄門島』登場人物との 関係を断ち切ったように思えてなりません。 しかし「肖像画」のままでは、後世に残すことが難しいと考えたのかもしれません。 『獄門島』との関係を断ち切ったものの、すぐさま「支那扇の女」として 金田一化することで禊ぎを果たそうとしたとも考えられます。 さらにまだわだかまりが晴れずにいたので、長編化して後世に残したのではないでしょうか。 叶うことならば、この４作品を一堂に会した作品集を刊行してもらえると、 作中使われた「雪ぐ」という言葉にこめた、横溝正史の思いを理解できるのではなかろうか。 |
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